タイムストップトラベラー

俺は最近の交流会で知り合ったばかりの友人を訪ねることにした。
なんでも彼の能力は俺と同じ時間停止ともう一つ別の能力の複合体らしい。
さっそく、俺はもう一つの能力を使い、彼の家の前に瞬間移動する。
俺の家と同じような、郊外に建つそれなりの規模の邸宅だ。
ベルを鳴らすと、ドアが開き彼が顔を出した。
「やあ、よく来たね。待ってたよ」
中に入ると、リビングに移動するまでの間に、廊下に無造作に置かれている、
というか放置されている全裸の女体たちを観察していく。
国籍も年齢も様々だ。しかし、どこか違和感、というか見覚えがある気がする。
特に廊下の歩行を邪魔するように開脚しながら座っている丸坊主の白人少女。
または完全に仰向けに横たわっているブロンドの女性。
しかし、リビングに並べられたコレクションたちを見て、俺は気づいた。
「おい、君のもう一つの能力ってのはもしかして……」
「ああ、お前の空間移動よりも一枚上の、時空間移動だよ」
そう、今まで見てきた女性の約半分が、
どれも世界史の教科書で見たことがある顔ばかりだったのだ。
最初の白人少女は、戦時中にあまりにも有名な日記を書いたあの少女。
ブロンドの女性は、ハリウッドで活躍した伝説のあの女優。
そして例えば目の前に並ぶ中で右から三番目の東洋人の彼女は、
自身の身長以上の長すぎる黒髪を見るに、ニッポンの昔の女性だろう。
「しかし大丈夫なのか? 過去に行って拉致してきたんだろう?
 歴史改変とかそういった諸々は」
「じゃあ聞くが、お前は彼女の最期についてどんな記憶を持ってる?」
言いながら彼は、ソファーの前で四つんばいになっている女性を指差した。
「彼女と言われても」
「お前もよく知っているだろう。彼女の鼻がもう少し低かったら……」
「! 確か毒蛇に体を噛ませて自殺したはず」
「その通り。しかし彼女は現在、俺の足乗せイスとして現代にいる」
「もうなにがなんだか」
「俺が過去で何をしても、歴史は変わらないってことだ」
「そんなバカな」
「時間を止められるお前に言われたくないよ」
「………」
その後、彼は並立しているコレクションたちを一体ずつ紹介してくれた。
右から、革命によって処刑された王妃、古代の洞窟壁画を描いたという黒人少女、
世界最古の長編小説を書いたとされるニッポン人の女性、
戦争で活躍したが火刑に処された白人少女、80年代に活躍した黒人歌手、
そしてアジアの大国で猛威をふるった女武将。
やはり絵画やそれすらもない文献のみでしか知らなかった歴史上の女性たちが、
自分の目の前に、しかも全裸で直立している様には興奮を隠せない。
「あとは……そうだな、そこのポールハンガー。誰だかわかるか?」
見ると確かにリビングの入り口付近に、奇抜な髪の色をした女性が、
両手と片足を上げて立っている。
しかし、こんな色に髪を染められるようになったのは、ずいぶん最近のはずだ。
「現代人か? う〜ん、誰だろう」
「今もテレビに出ているよ。全裸にすっぴんじゃ案外わからないだろ?」
「ああ! あの名前も奇抜な!」
「正解だ」
「ますますわからなくなってきたぞ? 今も歌手として活躍している彼女と、
 ここで君の上着を掛けられている彼女は別人じゃないのか?」
「同一人物だろう。時間軸が違うだけだ」
「簡単に言ってくれるな」
「まだ納得できないか?」
「もちろん。それなら僕にだって可能だし、何度も同じ人間を
手に入れることだって可能ってことになるじゃないか」
「それが無理なんだ」
「そうだよな。今まで僕が拉致した人間は全員失踪扱いになってるし」
「実は、同じ時間軸には二度といけないんだ。
といっても、プラマイ五日間ぐらいだけどな」
「約十日間で拉致した人間が復活・いや複製されているってこと?」
「その通り」
「なんて便利な能力なんだ……。いや、ルールというべきか」
「どうだい、お前も欲しい有名人がいたら、いっしょに連れてってやる」
「名前がわからなくてもいいのか?」
「ああ、この画伯のように時間と空間さえわかればどこにでも行ける」
そう言って彼は人類初期の絵を描いた少女の頭をガシガシと掻いた。
「悪いが一人に決められないな」
「もちろん、地球上全国全時代を巡る日帰り旅行も承るぜ」

まず俺たちが向かったのは、中世のヨーロッパである。
その人物だとイメージしながら人名と年齢を思えば、
ピンポイントで目の前に行けるというので、俺はある画家を指名したのだ。
期待通り、彼は仕事中に静止していた。前に座るモデルは、長い黒髪の女性。
そう、あのあまりにも有名な絵画のモデルが最初のターゲットである。
残念ながら名前もわからないが、顔を見れば一目瞭然だ。彼女に間違いない。
俺は数ある裸婦バージョンの模写を忠実に再現するかのように黒衣を脱がせると、
彼にいっしょに自宅へと送ってもらった。
次の目的地は、実際に起きた凶悪事件の現場である。
六人の黒人女性が誘拐・監禁され、死者も出たその筋では有名な事件だ。
俺たちは一人も欠けていない日時を調べて救出に向かった。
なるほどほとんど光の届かない地下深く掘られた穴に、
六人の女性が全裸でうずくまって泣いている。
いや、そのうち一人は犯人と思われる男性に拷問を受けている最中だった。
俺は彼女から、六人全員を穴の中央に運ぶと、そのまま自宅へ脱出した。
約五日後の時点で複製されているこの中の何人かは亡くなってしまうのだが、
その遺伝子は俺の家の調度品として守られていくのである。
最後に向かったのは、去年のニッポンである。
全国ライブ最終日に自分たちが生まれた県でパフォーマンスを披露している、
三人組アイドルグループのコンサート会場である。
三百六十度どの角度からも見えるステージに立つと、
自然と自分も有名人になったような錯覚がする。
その中央で踊る三人も、故郷で歌を歌える喜びをかみしめているようだ。
俺はその幸せそうな表情を崩さないように彼女たちの衣装を脱がせると、
自宅のソファーの前に、いつでも眺められように陳列した。

−−−作者あとがき

みなさんはポールハンガーの正体、レから始まるアメリカ人だと
思いましたか? それともきから始まるニッポン人?



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