時間停止(+α)能力の使い方

ほとんどの時間停止能力者が面倒ながらもしなければならない作業がある。
俺のようなコレクタータイプではない者には特に必要な、『修復・初期化』だ。
完全に悪戯されたことをわからせたい、
そもそもそんな必要が無いと考える者は、この作業をせずに解除するのだが、
それだと(俺が言うのもなんだが)対象に奇妙な記憶やトラウマまで
与えてしまうことになる。
巻き戻し能力を使用すれば、記憶も悪戯の痕跡まで消えてしまい、
かといって最高レベルの記憶操作能力を使用しても、どこかで事実との
矛盾が発生してしまい、対象の記憶を根底から書き換えなければならなくなる。

そこで、今日は俺の友人である一人の少年について紹介していこう。
彼自身は、時間停止能力しか持っていないと言っていたが、
実際にはもう一つ、名前をつけにくい能力を所持しているのではないかと
推測していた。
それというのも、先日、自身の能力について少年と語りあったときだ。
「君ぐらいの体格だと、まだ修復や初期化は大変だろう?」
「修復? 初期化? なんですかそれ?」
「君も悪戯したあと、対象を元通りにしないのか? 何事もなかったかのように」
「だって、そんなことしなくても、誰も驚いてくれませんから」
「……もちろんこれは推測だが」
「?」
「君にはもう一つ、『能力』と呼べるものが備わっている」
「『呼べるもの』?」
「ちょっと実験してみよう。たぶん時間停止能力こみの可能性もあるから、
君が発動してくれ」
「? わかりました」
その瞬間、いつものように時間が止まる。
言い忘れていたが、ここは俺の家とも彼の家ともちょうど同じくらいの
距離にある都市で、それなりに大きな駅の近くにある喫茶店だった。
予想通り、さすがにこの距離なら、能力者として彼の発動範囲内にいるため、
俺には逆に適応されない。
問題はその発動中に起きた事象については、二人が等しく認識できるという
不文律(前作参照)が適応されるか否かだった。
もしされなかったら、それは不文律ではないことになってしまう。
それもこれからの実験で判明することだ。

周囲に別の能力者がいないことを確認してから、
俺は無作為に二人の女性を選んだ。まずは単純な比較実験だ。
向かい合って座る二人のOL。ともに二十代から三十代だろう。
「俺はこっちに、不可視だが本人だけが気づくような悪戯を施す。
君はそっちを……可視も不可視も関係ない。少し大変だろうが、
全裸にしてくれ」
「お安いご用です。って、ホントにそれだけでいいんですか?」
「というと?」
「卑猥なポーズをとらせるとか」
「……いいよ。好きにやってくれ」

数分後、俺が担当した女性は彼女が頼んだアイスコーヒーはもちろん、
ウェイトレスが持っていた冷水や水道の水をとにかくがぶ飲みさせて、
これ以上飲めないだろう限界を見極めた時点で、
悪戯用に常備している液状の下剤を垂らした。
あとは元通りイスに座らせて、できるだけ発動時のポーズや表情に戻す。
彼担当の女性は指示・宣言通り、全裸・テーブルの上で開脚、
プラス自身のショーツを頭に被せた、
典型的な最大羞恥レベルの悪戯を施されていた。
さらに彼に渡した浣腸液を彼女に注入させ、二人で席に戻る。
「よし、解除だ」
「了解」
解除した瞬間、普通なら二人して何らかの反応を示すはずが、
俺が担当した女性しか、しかも腹部の違和感にしか気づいていないようだ。
彼担当の方は自分の状態に驚くどころか、
平然とアイスコーヒーを飲みながら同僚を気遣っている、
「いつのまに飲み終えたの?」とか、「気分悪いの?」とか。
言うまでもなく、心配されなければならないのは自分の方だというのに。
予想通り、本人はもちろん、同僚も他の客もウェイトレスも、
店内に全裸の女性がいることを認識していないようだ。
やがて俺担当の方が、
「ごめん、ちょっとお手洗いに」
と言って立ちあがった瞬間、彼担当の方は無意識に我慢していたのか、
今になってようやく浣腸液の効果が現れた。
心配そうに見送る顔と下半身にはまるで統一感が無く、
店内に広がる異臭に騒ぎ出す客や、女性に声をかけるウェイトレスもいない。
「なるほど。確かにこれじゃ、俺らよりよっぽど物足りないだろうね」
「やっぱり、普通は驚くんですね」
「いや、そもそもこんな能力に普通も何もないよ。
ただ、今トイレにいる彼女のような反応を見たかったら、
いつでも俺を呼んでくれ」
「ありがとうございます。たまには、そういうのもいいですね」
「ところで、彼女はいつまであのままなんだ?」
「人によって違います。移動するときに戻してしまう人もいれば、
服を置いたまま家に帰ってしまう人もいる」
「それはまた難儀な能力だな」
「最近は面倒になってきて、財布・身分証・携帯、
この三つだけ持たせて放置するんです」
「『面倒』か。それだけじゃ移動もさせられないような女性もいただろう?」

   ◆  ◆  ◆

そうでもないですよ。
逆に、脱がせたら実は男で、ショックで移動できなくなることはあります。
でも、基本的に一般人はそれだけ持たせれば充分です。
それよりも大事そうな物や、それすらも持っていない方が意外と厄介で。

例えば耳に変なイヤホンを付けていた威圧的な顔の女性を見つけたとき、
スーツの袖にもマイクが仕込まれていたんで、もしかしたらと脱がせたら、
案の定刑事さんでした。
拳銃携帯命令まで発令されていたらしく、でもさすがにそれは放置できません。
右手に銃、左手に手帳を持たせ解除すると、彼女は歩き始めました。
おそらくみんなは対象が変化した状態ではなく、
発動前からの変化自体を認識できないんですよ。

そこで、まず僕が向かったのはファッションショーでした。
最近人気のモデルが最新の流行に身を包んで、
中央の細い通路を歩く典型的なタイプのやつです。
僕はその折り返し地点に陣取って、やってきたモデルたちの
服や化粧、髪型までをできるだけ生まれたままの姿にしたんです。
にも関わらず、いっさい騒ぎは起きず、カメラのフラッシュはやまず。

僕はどうしても限界が知りたくなって、
歌番組やドラマ・映画の撮影現場に侵入しては、
有名な歌手や女優を裸にして撮影させました。
完成した作品が公開されても、裸に見えるのは僕だけ。
他は誰も反応してくれません。

この時点で、僕には恐怖心や猜疑心というものが希薄になってきます。
例によって自分の身の安全さえ確保し続けることができれば、
特に何をしても気にならなくなるんですよね。
まあ、能力発動中の事象に限られるので、透明人間ではないし、
窃盗するといつのまにか盗品となっている可能性もあるので、
一般人を演じ続けなければならないのも事実ですが。

他にやった大きなこと?
やっている、というか、もちろんやらなくてもいいことなんですが、
放置や窃盗よりも悪質な、いわゆる改竄です。

例えばスポーツ。一対一の……テニスなどの試合中には、
片方のラケットを奪ったり、ボールの軌跡を変えたりして、
制限時間があるスポーツではそのタイマーの方を、
個人評価の種目なら、審査員の方を悪戯して、
僕みたいな一能力者の行動一つで、
公式な記録が微妙に塗り替えられていく過程には、
嗜虐的(と呼べるんでしょうか)な趣味が見え隠れします。

また、他人の家庭に潜りこむこともたやすい。
普通の泥棒とは逆に、一人でもそこの住人がいて、
いっしょにいるところを他の家族に見せれば、
『ただいま→見知らぬ少年→誰も驚いていない→安全』
という図式が成り立つようです。
最近では一人で家にいるより、この方法で家族の大切さを感じながら
生活することが多くなってきました。
自分のためでも家族のためでも、やはり食事は手作りできたての方がいい。
いっしょの歯ブラシで歯を磨き、いっしょに風呂に入り、
いっしょにトイレに入って、いっしょの寝床で寝る。
え? ちょっと意味が違うんじゃないか?
これも時間停止能力(プラスα)の使い方ってことですよ。
僕の話が聴きたかったら、『どんなシチュエーションのできごと』を話して
ほしいかもあわせて尋ねてください。



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