孤独な実験者

 時の流れを止めても、心臓の鼓動や呼吸は止まらないらしい。しかし目に見える動き、例えば瞬きはしないし、(これは長時間実験し判明したのだが)髪の毛や爪は伸びない。
考えればこれは当たり前だ。止まっている間は何も摂取しないし、運動もせず、睡眠もとらない。従って、体が成長するはずがない。
 しかしこの理論は、俺の体によって間違いであることが証明された。体は成長しない、という結果に変わりはないのだが、前記の長期実験中に俺は普通に食事をし、運動をし、睡眠もとった。だが、何日経過しても髪や爪は伸びず、身長や体重にも変化は無かった。それに俺は瞬きを続けていたし、汗や涙も普段通り分泌された。
 もし、止まっている人間も、食事をし、運動をし、睡眠をとっても成長しないのならば、俺と俺以外の人間の違いは、自分の意思で体を動かすことができないこと、だけではないかと推測できる。
 この違いは実験によって証明することができない。なぜなら止まっている人間に対して可能なのは飲食物を口に入れて飲み込ませるくらいまでで、運動など俺が介護人のように体を動かしてあげる必要があるし、睡眠に至っては子守唄を歌っても睡眠薬を飲ませても眠るわけがない。
ん? いや、待てよ‥‥‥‥‥睡眠薬?
薬というものは基本的に体内でその効力を発揮する。今までの実験はすべて体の表面に与える刺激についてだけだった。
結果はいかなる刺激を与えても、人間的な反応は少なかった。言い換えれば、生理的な反応は多かった。
例えば俺は血を見るのが嫌い、というか恐いので、これでも充分ドS、というか残酷な行為だが、頬をつねったりビンタしたり、腹を殴ったり、尻を叩いたり‥‥‥‥‥どれも受けた直後はそこが赤くなったり腫れたりしたが、時間の経過とともに回復していった。回復時間も刺激のレベルと比例していて、人間の持っている治癒能力は、意識がなくても発揮されるということが判明した。
 今、意識がなくても、と書いたが、実際のところそれは俺にもわからない。
 俺以外の人間は、止まっている間の記憶がない。止まっているのだから当たり前だ、と最初はそう思ったのだが、仮に止まっている間も意識があって、自分の体が止まっていることを自覚できていても、再開されるときにその記憶が消えてしまえば、始めから記憶がないことと同じである。
 同じように、人間的な反応は少なかったと書いたが、痛みに耐えかねて涙を流すことが本人の『泣きたい』という意思によるものなのか、体が本能的に『泣け』と命令しているだけなのか、それは俺にもわからないのだ。
‥‥‥‥‥同じじゃないな。少し、いやだいぶ違うか。ここでちょっと回想。
 本当に様々な実験をした。サウナに入れたら汗を流したし、冷蔵庫に入れたらしばらくして鼻水を垂らし、唇は青くなった。しかし何日間裸のまま放置しても涙は流さないし、瞬きしなくても瞳は潤い続けた。
 回想終了。薬はまだ一度も試していないことを確認。
 早速、時の流れを止めると席を立ち、教室から出た。確か北棟に薬局があったはずだ。
モルモットなら山ほどいる。この広い敷地内に幼児から二十代まで、約二千体の女が。



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